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阿田和(あたわ)地区

世界遺産熊野古道「浜街道」
美しい海岸線の七里御浜に沿った遊歩道、みかんの畑と青い海が眺められる海沿いと、
南方熊楠に守られた大楠など見所満載です。

自然紹介 史跡・歴史紹介 施設紹介 御浜超伝説
自然紹介

熊野古道「浜街道」・七里御浜海岸
美しい海と砂利浜が20数キロ続く海岸は、伊勢から熊野大社へ向かう街道でした。
難所だった河口には慰霊碑が今でも残っています。遠浅でない海岸は遊泳禁止ですが、釣りのポイントがいくつもあり、釣り好きにはたまらない場所でもあります。
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引作の大楠
引作の大楠の樹齢は推定1500年、幹まわり約15.7m、樹高は31.4mあり三重県随一の巨木です。明治時代、南方熊楠先生と柳田国男先生が協力し、その尽力によりこの大楠だけが伐採を免れました。
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史跡・歴史紹介

雲揚艦碑
明治9年(1876年)10月軍艦「雲揚」が小松原沖の岩礁に激突し遭難した。
村民は松明を持ち必死で救助した。犠牲者は23名。昭和10年、遭難記念碑を建立し、斉藤実元総理大臣、山本五十六海軍中将、外多数の参列者により盛大な慰霊祭が行なわれた。記念碑は、終戦時にとりこわされ、その後、紀南病院小公園に慰霊碑が再建されました。
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光明寺
光明寺は寛文十二年(1672)正月十日、有馬村安楽寺の十二世、鉄丸能鈍大和尚を開山に迎えて開創されました。承応三年(1654)作の釈迦像の石仏一基と、開山塔の自然石が境内の一角をしめる住職歴代の墓地に建立されています。
開創後百七年目の安永八年(1779)四月二十三日、火災のため一夜にして灰燼に帰し、現在の光明寺本堂は天保七年(1836)に竣工したと記録されています。
明治9年に遭難した雲揚艦の乗組員を救助しました。山本五十六から救助に対するお礼の手紙が残っています。
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阿田和神社
康治二年(1143)二月に創始されました。村の山手にあったのが、産土神社として文化七年(1810)に現在地に移りました。
阿田和の西方にあって、南面の鎮座、西北には尾呂志川の清流を望み、境内に樟、杉、桧、樫の樹が茂っています。
伝説には本境内地はその昔、神武天皇が東征の折にここに陣をしいたと言われ、西には鳥神鳥山等があり、八咫烏の住んでいる所であると伝えられています。
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六部の墓(ろくぶのはか)
行き倒れた巡礼が埋葬されていいます。
江戸時代の末期に熊野三山参拝に来た親娘が亡くなりここに葬られたといわれています。
今は雑木が生い茂り、昼間でも暗い淋しいところだが、生前、巡礼はとうがらしが大好物だったといわれています。
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遊びに買い物 施設紹介

道の駅パーク七里御浜
地域の文化や観光と触れ合いができる、大型ショッピングセンター。
館内には特産品売場や、熊野灘を眺めながらお食事を楽しめるレストラン(フリースポット完備)などがあり、又熊野古道PR館は時間があれば是非見学しておきたいコーナーです。
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ふれあいビーチ
雄大な熊野灘を展望できる七里御浜海岸の観光スポット。ヤシの木を植栽した芝生広場で、日の出を見るには絶好のロケーションです。
又、イベントやお祭りなども開催されています。
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寺谷総合公園
多目的グラウンド(14,000ha):軟式野球1面・ソフトボール2面
テニスコート:砂入り人工芝コート 4面
グラウンドゴルフ場:グラウンドゴルフ16コース
全長860mの遊歩道の山頂には、展望台が設置され、太平洋の水平線が一望できます。
営業時間
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御浜超伝説
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